日々の緊張・イライラとみんなどう向き合ってるの?
緊張・イライラ対策のスペシャリストに聞いてみました。

『事前の準備がたくましい心を育む』 古賀 稔彦先生 『事前の準備がたくましい心を育む』 古賀 稔彦先生

  • 前編
  • 後編

“ワクワクする緊張”を持つために
心がけるべきこと

私は幼い頃から小心者で、怖がりです。そんな性格なので、緊張が高まる試合前はいつも自分を安心させるために、できる限り準備をしていました。「目標を達成するためにもっとできることはないかな」と。
私の経験では、緊張には2種類あると思っています。それは、“ワクワクが生む緊張”と“不安による緊張”です。準備をきちんとした人は、「自分はこれだけやってきた、さぁ本番だ」と、試合でワクワクするんですよ。この緊張があれば本来のチカラが出せますが、「あれをやっておけば良かったな」と悔いが残る程度の準備しかできていない人は不安によって緊張する。ですから、“緊張=ダメ”ではない。“ワクワクする緊張感”を持てるように準備することを、いつも心がけていました。

念願のオリンピック初出場
極度の注目とプレッシャーの中で

緊張の度合いは、周囲の期待によっても変わります。オリンピック日本代表を勝ち取るまでは、自分の周りは知り合いがほとんどだったので、試合でも本来のチカラを出せました。ですが、日本代表になった途端に、日本中から注目が集まるわけです。最初は多少なりとも注目を浴びる気持ち良さを感じましたが、試合が近づいてくると、段々「負けたらどうしよう」などと不安なことしか考えられなくなっていました。あまりのプレッシャーで、ソウルオリンピックの試合当日、思わず担当コーチに「試合をするのが怖い」と相談しました。そんなことは人生で初めてでした。それぐらいに、期待に応えられなかった時のことを想像し過ぎてしまって、追い詰められていたんです。実際の試合でも、すでに精神的に疲れていました。気持ちに余裕がなくなることで、余計に緊張し、疲労も早まります。本来のチカラも発揮できず、全てがマイナスの方向に進んでいました。

“誰かのために”が心の強さになる
不安を跳ね除け金メダル獲得へ

ソウルオリンピックから帰国後、ふとTVを見ていたら、私が負けた時の試合が流れていました。その最後に、まるで自分が試合をしていたかのように客席に向かって頭を下げる両親が映っていました。それを見た時、「戦っていたのは自分ひとりじゃなかったんだ」と教えられました。そして4年後のバルセロナオリンピックでは、絶対に金メダルを獲って両親に恩返しをしようと決意し、次へのスタートラインに立つことができました。自分の夢や目標に“誰かのために”という意志が加わることで、強いモチベーションが生まれたんです。自分を支えてくれている人って、実はたくさんいるんですよね。家族、仲間、食堂のおばさんだってそうです。バルセロナでは、直前のケガという不安要素もありましたが、「絶対に恩返しするぞ!」という強い気持ちで臨むことができました。それからは“誰かのために”という意識を普段から持つようにしています。教え子たちにも、特に大きな勝負をする前にこの話をします。

頑張るだけでなく、
リラックスする時間も計画に取り入れる

“緊張とリラックスはバランスよく”というのが、経験から学んだことです。よくあるのが、目標達成を目前にしてなぜかやる気が出ないという状況です。これは緊張とリラックスのバランスが崩れて、心のエネルギーが不足して起こるんですよ。なので私は、目標達成に向けた計画を立てる時は、必ず休息ポイントを作ります。ただし、単に寝て体を休めれば良いというわけではありません。それだと寝ながらも試合についてあれこれ考え込んでしまうものです。ですから、自分がその時に一番熱中して楽しめることをやります。そうすると、目標や試合のことを忘れられちゃうんです。この“忘れる”ということが心のエネルギーを充電するにはとても良く、休息にも繋がります。学生時代、大会の1週間前に先生が映画に連れて行ってくれたり、みんなで野球をしたりすることで、「残りの1週間頑張るぞ!」という気持ちになれましたし、その経験から、心のバランスが大切だということを理解し、実践するようになりました。

今の自分を受け入れることから、
心のたくましさを養う

フラストレーションなどが原因で、仕事をする気分がどうしても出ない時ってありますよね。そんな時は、置かれた状況を認めることも必要です。もし、今日は100のうち10しかエネルギーが出ないと感じた時は、その10を活かす練習方法を考えます。柔道で言えば、実践練習はできないけど、技の研究はできるなと。そうすれば、時間を有効に使えるし、やりがいを感じることで、精神的な負担も少なくなる。まず、自分の状況を冷静に判断することが大切です。アテネで金メダルを獲った谷本歩実選手のコーチを担当した時は、「自問自答しながら自分を見つめ、今やるべきことを見出して行動に移し、目の前の問題を解決しなさい。そして、本当に困った時だけ私に尋ねなさい」と教えました。試合場で戦う時はどうしても一人。世界の舞台で戦う精神的なたくましさが必要ですから。選手本人の問題解決能力、コーチとの信頼関係による安心感、これが本来のパフォーマンスを最大限発揮することに繋がるんです。

春の新生活、
五月病対策も事前の準備で

私が医学博士を取得した時の論文テーマが、“五月病”でした。五月病の原因として、共通して言えるのは準備不足です。準備が万全ではなく、思い通りにいかなくてイライラしたり、不安で緊張したりする。新入生や新入社員の方は、春からの新生活を迎えるまでの数カ月間、いわゆるダラダラした生活を送ってしまうことが多い。それが4月から急にストレスのかかる生活や環境に変わるわけです。そうすると心身共にダメージを受けて、回復しないうちにまた翌日が来る。最初の1ヶ月はやる気でなんとか頑張れますが、4月が過ぎ5月に入るあたりから心のエネルギーが切れて、やる気を失ったり、体調を崩したりしてしまう。ですから、事前に4月以降の生活パターンで寝起きするとか、必要最低限の勉強やトレーニングを継続しておく。つまり、イライラ・不安が少なくなるよう、あらゆる可能性を考えてしっかり準備しておくということが大切。それは、オリンピックでも、春からの新生活でも同じ。自分の目標に向かってできる努力のひとつだと思います。

PROFILE

柔道八段・全日本柔道女子強化委員・古賀塾 塾長・医学博士
古賀 稔彦 先生
1988年 ソウル五輪出場
1992年 バルセロナ五輪出場(金メダル獲得[71kg級])
1996年 アトランタ五輪出場(銀メダル獲得[78kg級])
現役時代は“平成の三四郎”と称され、世界選手権2階級制覇、3度のオリンピックに出場。バルセロナ五輪では金メダルを獲得するなど数々の記録・成績を残す。現在は、子供の人間育成を目的とした町道場「古賀塾」で塾長を務めるかたわら、全日本柔道女子強化委員に就任。次世代の選手育成に尽力する。また、2008年に弘前大学大学院医学研究科博士過程に入学後、2012年同大学を卒業し、医学博士号を取得。
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